登山がテーマ

RIP 「山レコの女王」ぼっちさん どうか安らかに・・・

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とても悲しいニュースを知った週末でした。

山レコの女王、ぼっちさんが剱岳で滑落事故死されたとのこと。11月16日の出来事だったそうです。

知ったのは遅れて11月最後の週末。SNSを眺めていたら情報が流れてきたのでした。

ぼっちさんは、山行記録の閲覧ランキングがほとんど毎週1位という、山レコでの超人気者。その超人的な山行と人気から、「山レコの女王」と呼ばれていました。

3年前の大キレット挑戦時(これは雨でルート変更を強いられた)、北穂高小屋の前で偶然話しかけた女性が、ぼっちさんでした。

実はその時まで、ぼっちさんを存じなかった私。その後彼女の山行記録を拝見、その超人ぶりに感銘というか衝撃を受け、参考にさせてもらっていました。

くっかばら
くっかばら

真似できた山行はひとつもありませんが・・・。

今回の記事は、ぼっちさんの追悼、そしてぼっちさんと少しだけお話できた思い出の記録です。

お話しした日のぼっちさんは、早朝上高地を出発、6時に涸沢(すでにすごすぎる)、7時前に北穂南陵を登っていた私たちを追い抜き(超速い人が来たので、どうぞ〜と道を譲った覚えがあります)、北穂を東陵(いわゆるゴジラの背)から登るため、登山道を外れていくところを見ていました。

くっかばら
くっかばら

近くの登山者グループが、「あの人たち道間違ってるんじゃない??」と聞いてきたので、「多分ゴジラの背へ行くのかと」と答えた記憶があります。

私たちがひいひい言いながら8時半過ぎに北穂高小屋に着くと、ぼっちさんは涼しいお顔で北穂コーヒーを楽しんでいるところでした。

話しかけやすそうな雰囲気の方だったので、「ゴジラの背はどうでしたか?」と聞いてみました。私もいつか行ってみたいルートです、と。

ぼっちさんは気軽に情報交換をしてくれて、そしてこの後どうするんですか?という話になり。

なんと、大キレットを通過後は南岳新道を下りて新穂高温泉に下山するとのこと。後で山行記録を見たら、3時には下山してる!すご!ってなりました。

私たちはその日、槍から奥穂への大キレット踏破を計画していたのですが、午後から雨予報のため、涸沢→北穂→奥穂→前穂という穂高連峰縦走にルート変更していました。でもあきらめきれない私が同行者を説得し、北穂から長谷川ピークの偵察に行って、そのあと北穂から奥穂へ向かうことにしたのです。

その時の登山レポートです↓

風雨に耐え穂高連峰縦走と長谷川ピーク往復2泊3日【↑涸沢↓岳沢】
お盆期間に穂高連峰縦走をしました。天候不順のため槍ヶ岳からの縦走はあきらめ、涸沢から北穂へ登り長谷川ピークを往復、北穂から奥穂高岳へ縦走して吊尾根から岳沢へ下山するコースを取りました。結果的に雨風の中を歩く過酷な登山になってしまいました。
くっかばら
くっかばら

長谷川ピークの偵察を入れたせいで、涸沢岳周辺では風雨の中進むことになりました。一瞬、真剣に遭難の文字が心をよぎるほど辛かった。同行者を危ない目に合わせてしまい最低のリーダーだと、反省しきりです。

ぼっちさんは、私たちのルート取りにやや怪訝なお顔を見せたものの、自分は南岳新道で滑落したことがあるから注意していきます、そちらも涸沢岳付近は危ないのでお気をつけてと、北穂から飛騨泣きへ向かう下りを、飛ぶように軽やかに歩いていきました。

とても小柄で細いのに、めちゃくちゃ速かった・・・。私たちも割と健脚なほうですが、ついていける気がせず、同行者と見送っていました。

東京に帰り、なにげなく山レコを見ていたら、閲覧ランキングの1位に北穂ゴジラの背とあり、同日でした。

そこで、あー!あの方がぼっちさんだったんだー!となりました。

嬉しくなってしまってコメントを送ってみたら、すぐにお返事をくださって。

その内容があたたかくて、ちょっとクスッとする感じで、お人柄も素敵だなーと感銘を受けました。

ぼっちさんへの追悼として、そして大切な思い出の記録として、披露します。

山を続けているかぎり、きっとどこかでまたお会いできるはずだと思っていました。

いつかテレビなどに出るほどになるのでは、と期待もしていました。

命って、本当になんて儚い・・・。でも、これまでの膨大な山行記録と人々とのコメントのやりとりから見えるぼっちさんの人生は、ことのほか輝いて見えます。

どうか安らかに・・・。

 

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No Mountain, No Life.

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